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【初・出産体験談】破水スタート!恐怖の陣痛と救急搬送された思い出

第一子の出産体験談ブログ

1人目の出産がトラウマで、「次は無痛分娩にしたい」と思い情報収集していたのですが、ほかの人の体験談を読んでいたら、当時をリアルに思い出しました。

 

ということで、この記事では、結果的には普通分娩で安産だったけれど、県外まで救急搬送され、慌ただしい経過をたどったわたしのはじめての出産体験記を書きます。

もこ

育児日記を読み返しながら、まとめました。
注意
ありのまま事実と心境を書いているため、不謹慎な表現も含みます。

順調だった妊娠経過

初産・出産体験談レポート・妊娠経過

わたしは出産の1ヶ月ほど前までフルタイムで働いていました。

産休に入れる時期にも出勤していて、職場でも「妊婦とは思えんほど元気やな」と頻繁に言われるくらい、妊娠経過が順調だったのです。

 

つわり時期は帰宅後泣きながらベッドに倒れこむくらいには我慢しながら働いていたため、

「つわり軽くてよかったね」

と言われると複雑な心境でしたが、実際吐くまではいかないレベルでしたし、幸い妊娠関係では仕事を休むことなく退職の日を迎えました。

 

誰もに順調と思われ、わたし自身も体重管理もバッチリだし、

出産は怖いけど、きっと何事もなく産むことができる!

と信じていました。

 

予定日前日に破水からの陣痛

初産・出産体験談レポート・破水

予定日前日。

夕方、散歩しながら、

「明日は予定日だよ、生まれてきてね〜」

とお腹に何度も話しかけていました。

 

夫がちょうど仕事を数日休めるタイミングだったこともあり、予定日に生まれてほしくて強く念じていました💡

そして19時半頃、ソファで横になって録画したドラマを観ていると、少量の尿もれ(?)が起こりました。

尿もれははじめての経験でしたが、妊婦は起こりやすいと聞くし、とりあえずトイレに行って様子を見ることに。

すると、

出血混じり

これは尿漏れでなく、破水!?と、焦って検索。

 

少量だったため、一瞬尿もれと勘違いしましたが、破水の可能性が高いことがわかり、すぐに産婦人科と夫に電話

助産師さんから「入院の準備をしてすぐに来てください」と言われました。

 

里帰りしていましたが、母はどこかに行っていたので父が車を出してくれ、妹も一緒に20時頃出発。

夜用ナプキンをあてタオルも車に持ち込みましたが、一気に羊水が流れてきました(汗)

 

破水スタートだから感染のリスクがありシャワーを浴びることはできませんでした。

もこ

陣痛から始まる場合は、シャワーを浴びる人が多いそうですね。

 

その後すぐに陣痛が始まって、車の中で10分間隔

「ついに出産や!!」と緊張感が走りました。

 

とはいえ、まだまだ生理痛くらいの痛みで我慢できるし、

「予定日ぴったりに出産できそうや!」

「空気の読める子だなー」

とお腹を撫でながら、わたしはすべてが計画どおりなことに安堵していました。

出産時期も希望どおりで、そこまではすべてが予定どおりだったのです。

 

しかし、出産に「計画どおり」という言葉は当てはまりませんでした。

いま思えば、本当に出産は命がけだし、妊娠経過も人それぞれで、すべてが希望どおりにいくことなんてほぼないのではないでしょうか。

 

▼陣痛より先に破水したときの対応と持ち物

破水したらどうする?陣痛までの時間・移動手段・備えるグッズまとめ 突然破水した体験談|陣痛までの時間と対応・備えるべきグッズまとめ

産婦人科で回旋異常と告げられる

初産・出産体験談レポート・回旋異常

思いどおりにいくとばかり期待していたわたしに、エコーを確認した医師は告げました。

回旋異常で帝王切開になりそうです

 

実は1回前の健診でも赤ちゃんの頭がすこし反り返っていたのですが、そのときは戻ることも多い話をされていましたし、

「赤ちゃんはよく動いているし、大丈夫でしょ!」

と謎の自信がありました。

 

だから可能性はあったはずなのに、まさか帝王切開を告げられるなんて信じられなくて、頭が真っ白になりました

 

状況を簡単にまとめると、医師から受けた説明は以下です。

  • 回旋異常で、赤ちゃんの頭が海老反りになっている
  • 骨盤も狭く、赤ちゃんが産道を通れないかもしれないから、このままいくと帝王切開になる
  • うちの病院では、輸血量が足りないから帝王切開は対応できない
  • 近くの病院は受け入れ先がない
  • 県外の総合病院へ救急車で向かいましょう

わたしは赤ちゃんが無事に産まれてくれさえすれば!!!!

と思いつつも、普通分娩で産みたい‥‥と強く思ったことも覚えています。

 

そのときの浅い知識ですが、

  • 1人目帝王切開だと2人目も帝王切開
  • 子宮破裂などのリスクが高まるため、2人までしか産めない

と思っていたのです。

 

子どもは2人を希望していたものの、そんな形で運命が決まってしまうのかと思うと落ち込みました。

リスクを考えた上で無痛分娩を諦めて、痛みを覚悟してその日を迎えていた背景もあり、普通分娩への執着心が芽生えていたのかもしれません。

メモ

帝王切開については実際は3人以上産んでいる方もいますし、個人の子宮の状態や医師の対応によるそうです。

 

内心いろいろな不安がありながらも、即座に病院を移る手続きをしました。

 

そうこうしているうちに陣痛の痛みがひどく増してきて、

もこ

県外まで行ってて大丈夫なん?まさか移動中に出産なんてことないよね‥。

と、恐怖心が増していきました。

 

県外の総合病院へ救急搬送

初産・出産体験談レポート・救急搬送

医師の説明を受けたときはまだ座って聞けるくらいの痛みでしたが、救急車に運ばれるころには痛すぎてうずくまっていました。

あとから到着した母と助産師さんが同乗してくれて出発!

陣痛間隔は5分

救急車がガタンガタンはげしく動くから、余計な振動がからだに負担をかけ、わたしは泣きながら痛みに耐えました。

 

しかし、この痛みが出産までつづくかと思って絶望したのは浅はかでした‥。

救急車内で感じていた痛みは、ほんの序の口に過ぎなかったのです。

 

23時頃、隣県の総合病院に到着しました。

 

総合病院に到着・陣痛分娩室へ

初産・出産体験談レポート・陣痛分娩室

エコーと内診の結果、幸いなことに回旋異常がマシな状態になり、「このままいけば普通分娩できる可能性が高い」と医師に告げられました。

 

なんでも、救急車内ではげしく揺らされたため赤ちゃんの頭の向きが直ったとのこと(!)

県外までの長い時間、揺れと痛みに耐えた甲斐があったのです。

 

もし近くの病院に運ばれていたら赤ちゃんの向きが直ることなく、帝王切開になっていたかもしれません。

 

ちなみに今はそのように考えられますが、そのときは強烈な痛みと戦っていて、

「もう無理!帝王切開でもなんでもいいから取り出して!!」

と思っていました。

メモ
実際は帝王切開も術後の痛みが壮絶で、産後は普通分娩以上に大変と聞きます。

その頃、子宮口は3cm開!

不安爆発でパニック。陣痛・いきみ逃し・内診に叫び狂う。

初産・出産体験談レポート・陣痛と内診の痛み

わたし的に、子宮口が3〜4cm開いた時点の陣痛といきみ逃しが人生最大に戦慄しました。

まだまだこれからなのに、先が見えない不安からパニックになったのです。

 

それ以降も同じかそれ以上に痛いはずですが、腹をくくるしかありません。

 

さらに、出産の痛みは陣痛だけではありませんでした。

 

先生の内診グリグリ(手を突っ込み、赤ちゃんがどれだけ降りてきているか探る)が、陣痛以上に痛かったのです。

助産師さんたちが突っ込んでも我慢できたのに、その先生にされるときだけ、この世の終わりかと思うほどで、雄叫びをあげ、不謹慎ですがこのままわたしは死ぬのかと思いました。

 

医師だから、助産師さんよりグリグリする必要があるのか?

いずれ降りてくるのに、そんなに何回も確認せなあかんの‥?

知識がないわたしは疑問に思いながら、襲いかかる恐怖で先生が部屋に入るたび全力で拒否していました。

偏見だけど、若くて非常勤の先生だったし慣れていなかったのかとも思いました‥。

 

先生がいなくなってから助産師さんにすがりついて泣きました。

叫びすぎて体力を消耗し、とてもじゃないけどこれ以上は無理だと思いました。

 

夫が立ち会い。子宮口5cmで体力は底をつきる。

初産・出産体験談レポート・夫立会い

子宮口が5cm開いた頃

仕事の調整をして関西から飛んできた夫が母と交代して立ち会ってくれ、ほっとして涙がでました。

痛くていきみたくても、いきみ逃ししなければいけなくて、体力は底をつきました。

 

そうなると叫ぶような声はもう出ません。

はげしい痛みに支配されると、逆に声が出なくなることを知りました。

 

もう一生普通分娩はしたくない。

 

夫は励ましてくれるけど腰をさするとか身体的なフォローは素人で下手だし、

「そこちがう、それじゃだめ」「助産師さん呼んで!」

とすぐにナースコールしてもらっていました。

もこ

助産師さんがいないと不安で、ずっと側にいてほしかった‥。

 

そのうち夫がテニスボールを腰に当てるのが慣れてきて、助産師さんにも褒められていました。

意識が朦朧とし声が出ない、呼吸の仕方を忘れる出産体験

初産・出産体験談レポート・産声

途中までは何度も、助産師さんに「いま何センチ?」と確認しましたが、回答を得るたび、

もこ

まだそれだけ‥?さっきから全然すすんでない‥。

と絶望しました。

でもそんな言葉を発する余裕はなく、「何センチ?」とだけ聞いて、「むり、むり」と言っていたそうです。

 

「まだ?もうすぐ?」と聞いても、

「それはわからないけど、赤ちゃん頑張ってるよ!お母さん上手だよ!」

と言われ、

 

せめてあと5分と言って!!!!!(心の叫び)と思っていました。

 

からだはどんどん衰弱していくし、永遠に出てこない気がして、なぜ女だけがこんな痛い目にあわなあかんのや‥と悲観していた気もします。

 

そのうち声は出なくなりました。

 

子宮口が全開に近づくにつれ、意識が朦朧とし、目をつむることが何度もありました

 

そのたび、

目を閉じちゃダメ!!!

いきむときは、見開いて!!!

と助産師さんに強く言われ、懸命に目を開きました。

 

呼吸もうまくできなくて、

息しないと赤ちゃん苦しがってるよ!

とも言われました。

 

赤ちゃん、がんばろうね、がんばろうね

と心では唱えていました。

そんな調子で2時間くらい。

 

最後のほうで、医師が「切りますよー」と言って、会陰切開しましたが、

今頃!?( ゚д゚) と驚きましたw

 

途中ずっと「切ってでもなんでもいいから早く取り出して!」と念じていたし、もうとっくに切られていると思っていたのです。

 

陣痛の痛みで麻痺しているから、会陰切開なんてまったく痛くなくて、感覚すらありませんでした

 

その後も、

これが最後だと思って!

最後の力を振り絞って!

 

助産師さんたちから幾度となく言葉をかけられましたが、意識半分でした。

 

というか、毎回最後やと思って、力振り絞ってるけど限界超えましたわ

と思いながら、最後きちんといきめたのかわからないけど、助産師さんが上に乗っかるように全力でお腹を押して、←これもすごい刺激!

 

\ついに赤ちゃんが産声を上げました/

写真:イメージ

頭だけスポッと出て、もう一段階ふんばったら、肩から下はスルンと出てきました

 

正直、産声はあまり覚えていませんが、赤ちゃんが生きていることに安堵。

あとから、「威勢のいい元気な泣き声だったね〜」と家族から聞きました。

もこ

産声録音してほしかったなあ。

 

前日の20時頃から陣痛がはじまり、明け方の出産でした。

出産時間は約9時間で、初産にしては早かったです。

 

それでも「永遠にでてこない」と感じるくらいですから、何十時間もあの陣痛に苦しむ妊婦さんがいると思ったらまさに命がけだと思えます。

 

出産直後・赤ちゃんに会えた瞬間の感想

初産・出産体験談レポート・赤ちゃんに会った感想

出産を終えた瞬間、正直生命の誕生に喜ぶほどの余裕はなく、

こんな痛みに耐え、生き延びたことが奇跡!

と思い、開放感と達成感で脱力しました。

 

そして、赤ちゃんの姿をパッと見たとき、

紫色っぽくて、小さくて(3300g台でわりと大きめなのに)ぎょっとしました。笑

もこ

酸欠なのか全身が赤黒っぽく見えたのです。

 

でも現在息子は「真っ白やな」と言われるくらい色白だし、生まれた瞬間はみんなそうなのかな?

わたしはドラマで見るより、はるかに黒かったことが衝撃でしたが、実際ドラマは生まれた瞬間の赤ちゃんではないですもんね。

 

カンガルーケア

その後、カンガルーケアをしてもらいました。

助産師さんが胸元に赤ちゃんを連れてきてくれたとき、息子に会えたうれしさが一気に押し寄せて涙が出ました

もこ

ちっちゃくて可愛い。

この子が本当にわたしのお腹で育っていたんやなあ。

と、不思議な感覚。

夫も泣いていました。

 

次に助産師さんがおっぱいを吸わせようと赤ちゃんの口を持ったのもびっくり。

一瞬戸惑いましたが、赤ちゃんが本能のまま乳首を吸い始めたことには、さらに驚きました。

それは、「生物学的な本能」というものを1番実感した瞬間です。

もこ

親子で記念撮影もしてもらいました(産後むくんで顔パンパン)。

 

出産の場面では助産師さんの存在が大きかった

わたしは助産師さんがいなかったら、無理でした。

たまに「トイレで1人で出産」などというニュースを見かけますが、考えられません。

 

この世のものとは思えないほどの痛みと戦う中で、場慣れしている助産師さんの存在がどれほど心強いか‥。

夫が手を握ってくれてずっと励ましてくれて安心したけど、常に助産師さんの姿を1番に求めていましたw

 

あと産婦人科医の先生は経過をみて、無事に出産できる環境を整えてくれているんですよね。

わたしのときはあまり声かけもなく内診の印象しかないため、助産師さんに偏った意見ばかり書いてしまいましたが、どちらも母子の命を預かり、赤ちゃんの誕生を支えてくれる偉大な職業ですね。

 

出産後の入院生活〜いままでの振り返り

産後の流れ

写真:イメージ

赤ちゃんはそのまま新生児室へ。

わたしは胎盤を出して傷を縫合してもらったあと、宿泊する部屋に案内されました。

会陰の縫合も出産に比べたら大した痛みではありませんでした

 

ベッドに寝てホッと一息。

腰やお尻が痛くてフラフラで、ご飯を食べる気力もありませんでしたが、赤ちゃんに会いたくて何度か新生児室に足を運びました。

 

新生児が並んでいる様子、みんな天使!!!

でも「うちの子は特別に愛くるしいなあ」と思う親御さんが多いのではないでしょうか😂

(特別美形でもない限り、他人から見たらみんな同じ顔というけど。笑)

 

入院中の生活・授乳などの指導

出産の翌日からは母子同室で、怒涛の睡眠不足の幕開けです。

1時間も眠ってくれない常に泣いている赤子に、母乳とミルクで栄養を与え、オムツ替えするヘビーローテーションでした。

 

親族が面会に来てくれましたが、常にパジャマでこんにちは。

夫は宿泊NGの病院になってしまったため車中泊をしてくれていました。

 

入院中は意外と忙しく、悪露もつづいてしんどいため、友達の面会は退院後のほうがいいと思います。

 

日中は栄養・沐浴など指導が立て込み、その合間に授乳の訓練。

夜中にも何度も助産師さんから呼び出され、授乳指導。

ほぼ寝られない日がつづきました。赤ちゃんも寝られなくてしんどいだろうな。

新生児

外の世界は刺激がいっぱい。

 

産院によって対応はちがうと思いますが、わたしのように母乳育児に力を入れている病院だと、1日に何回も授乳指導があるかもしれません

ありがたいことですが、寝る時間がなかったため早く退院したかったです‥。

 

そしてご飯もろくに食べられず、体重もすぐに落ちました。

 

退院後のこと

しかし退院してからも、息子は比較的寝つきが悪い子どもで、2歳くらいまでは夜中に何度も起きる生活でした。

(もっと寝ない子もいるかもしれませんが、周囲の話を聞く限りではうちの子が稀だと感じた)

▼寝ないタイプの赤ちゃんについて

授乳中のママと赤ちゃん 新生児期の授乳回数が多い!痛みと寝不足でボロボロだった思い出と対策 1歳の子ども 1歳過ぎたのに寝てくれないし、卒乳できる気配もない子ども

 

壮絶な出産を終えたら、赤ちゃんとのんびり過ごせると思っていたら、大間違いでしたw

 

あの日から今日まで、あっという間だったけど、思い出したらたった2年でかなり濃い時間を過ごしたなあ。。

出産の痛みは忘れられないし、もう普通分娩はしたくないですが、息子に会えたことは人生で最大の幸せで改めて愛情を感じます。

 

そんな息子も、もうすぐ2歳✨

もこ

どんな出産でも、母子ともに無事で、元気に子どもが生まれてくれたらこんな幸せなことはないですね。

 

妊娠中の方が、どうか無事に出産されますように。